私の自転車歴−1

私の自転車歴−1(自転車に乗り始めた頃)

私が生まれて、18歳まで育った東京都調布市というところは、東京都のほぼ中央,多摩地区の南東部に位置し,新宿へ15kmの距離にあります。中央部には,東西に走る京王線と,国道20号線(甲州街道),中央自動車道があり,これを中心として市街地を形成しています。今はすっかり市街化・宅地化されてしまいましたが、昭和40〜50年代には、武蔵野の面影を残す雑木林が多く残り、そこかしこに格好の遊び場がありました。
市の南側を流れる多摩川(高度成長の余波で、今よりもっと水が汚かった)の土手上には、当時も今もサイクリングロードがありますが、たしか調布市だけは革新市政だったためか整備が遅れており、延々と砂利道だったコトを覚えています。小学校4年生のときに友人たちと自転車に乗って、このサイクリングロードを多摩川に沿って下流へ向かい、羽田空港まで行ってきたのが、私の記憶に残る「最初のサイクリング」でした。

ところで私は、小学校に入っても自転車に乗れなかった鈍いやつでした。ようやく補助輪が取れて、一人前の自転車を買ってもらえることになったのは、たしか小学校2年生の頃だったように記憶しています。、当時“自転車点検”と称して学区域へ(要するにまぁ営業ですな)来ていた自転車屋へ、2歳年上の親と兄とで出掛けて行きました。旧甲州街道と鶴川街道の交差店にある小林自転車商会(現・サイクルプラザ コバヤシ)です。時代の流れを追いきれずに廃業したり、バイク中心の店へ転換する自転車屋が多い中で、現在でもバリバリのショップとして活況を呈しているようです。
今では何処の自転車屋でも複数ブランドの自転車を扱うのが当然ですが、国内メーカー全盛だったこの当時、クルマ屋や電気屋のように店によって販売チャンネルが決められており、BSといえば調布市内では小林・井上・関口のいずれかで買うのが当たり前でした。
さて、世間でその頃に流行していたのは「ミニサイクル」と呼ばれる、低重心&小径タイヤの軽快車。今で言う「ママチャリ」の元祖ですね。私もそれを買おうと思いましたが、『長く乗るつもりなら、コッチの方がオススメですよ』と店主が指差した先にあったのは、ブリヂストンの「ピクニカスポーツ」という名の、外装5段変速を奢った、2灯ヘッド+前カゴ+後キャリアつき、黒つや消しのミニサイクルでした。16インチ(18かな?)タイヤを履いたそいつは、おそらくミニサイクルの中でもっとも低重心と思われ、ステムやシートピラーの調整幅も大きくて、なるほどコレなら大きくなっても乗れそうだということで、フツーのミニサイクルに比べてお値段は少々張りましたが、購入することに決めたのでした。
この自転車は上に書いた羽田空港のサイクリングにも乗って行く活躍をしましたが(帰路は今で言う、ハンガーノックになってしまう)、その後私が乗らなくなってからは、自転車に乗れなかった母が練習を始めて乗れるようになり、購入からおよそ20数年の永きにわたり、わたしたち家族の足として活躍したのでした。

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