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14:24
アプローチは秋田市の南西、河辺町和田から。
梵字川に沿って県道62号線を北に向かい、「畑」集落から市町境を越える。
かつては“宝川越え”と呼ばれ、クルマでの通行など考えられなかった山越えの道も、今では素晴らしい舗装道に。 |
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14:34
「現在の宝川越え」の緩いピークを過ぎて、そのまま坂を下った先にある集落が、その名の由来となった秋田市下北手宝川である。
拡幅された道路が不釣合いなほど、のどかな山里。 |
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15:11
太平、木曽石集落にある「太平山 三吉神社」。
太平山の山頂に本宮がある他、市内赤沼に里宮がある。 |
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15:17
秋田市内に唯一残る、分校の小学校、
秋田市立太平小学校 木曽石分校。
昭和23年7月7日開校。
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15:18
木曽石分校の名を記した木の看板。
林業で栄えた集落らしく、堂々とした趣き。 |
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15:40
ヒルクライムのあとは、ダウンヒルが待っている。
この坂道を下りきった先が、仁別の集落。 |
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16:27
「仁別」と書かれた看板が見える。
中央部分の舗装道路がサイクリングロードであり、かつて秋田駅から走っていた仁別森林鉄道の軌道跡である。
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16:28
サイクリングロードを市内に向かって走る。
このあたりでは川に沿って森の端を通っている。 |
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16:33
途中には、軌道跡の素堀りトンネルがある。
サイクリングロードは右方へ迂回している。 |
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16:39
藤倉水源地(国指定重要文化財)
明治44年に完成。雄物川水系への切り替えにより昭和48年に取水を停止するまで、秋田市民の水がめとして、70年近くも使われていた。
その後、市民からは長らく忘れられた存在になっていたが、平成5年8月17日、群馬県の碓氷峠鉄道施設とともに、国の建造物の重要文化財「近代化遺産」に全国で初めて指定。 |
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16:40
軌道跡のサイクリングロードが県道に「浸食」され、2階建てになっている区間。北海道のドコカで、似たような道を見たことがある・・・ハテ、何処だったかな??。 |
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16:43
軌道跡のサイクリングロードが県道を横断する。
かつては踏切で越えていたのだろうか、跡形は何もない。
以下に紹介する、この先の藤倉神社/補陀寺にかけてのサイクリングロードは、『酷道区間』と評したい。
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16:51
『酷道区間』その1
道の両脇から雑草が生い茂り、行く手を阻む。 |
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『酷道区間』その2
雨の仕業だろうか、道に面した崖が崩れ掛けている。 |
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『酷道区間』その3
これはヒドイ!!
折れた枝が頭上から垂れ下がっている。
サイクリングコースを造ったのはイイが、維持していこうという意識を行政当局はおよそ持っていないのだろう。(-_-) |
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今回は割愛したが、ルート上に古刹「補陀寺」がある。
亀像山補陀寺は,曹洞宗本山総持寺(横浜市鶴見区)の直末寺として東北における中本山ともいわれ,東北地方に末寺53カ寺を有する由緒ある寺である。
駐車場から山門に掛けて,右手に樹齢300年を誇る杉並木の上り坂が続く。杉並木といい,山門(左の写真)といい,十分に歴史の重みを感じさせてくれる。 |
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16:57
『酷道区間』を過ぎると、田圃の中を走る道に変わる。
緩いカーブが、かつての軌道跡であることを物語っている。 |
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17:02
軌道跡はやがて集落に達し、生活道路に変わる。
この道路の右側2/3が軌道跡であるという。
舗装時期が明らかに違うことから、それとわかる。 |
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17:04
上の写真を撮った位置から反対の方向を写す。
軌道跡の部分は明らかに舗装が違うのが、よくわかる。写真中央部に見える物干し台の立っている位置には、かつて交換可能な停留場があったという。 |
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17:14
コース上にあった案内看板。
(クリックすると、拡大画像が表示されます。)
軌道跡のサイクリングコースは仁別から先、さらに森林博物館ちかくの務沢まで続いている。 |