2001年 7月 28日

雄和町〜高尾山〜羽後亀田

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コース

10:17

雄和町の雄物川に架かる「黒瀬橋」のたもとにて。
雄物川の舟運華やかなりし頃の様子がレリーフに納められ、現代に伝えている。
10:19

雄物川に架かる「黒瀬橋」。
10:44

「黒瀬橋」の上流に架かる「水沢橋」を渡り、県道9号を南下していく。
11:02

まずは「高尾山」に登る。
高尾山は,標高383メートルの低い山だが,信仰の山として,また,伝説の山として知られている。
11:20

高尾山を登る道は国道341号。杉の密林を横目に、やや急な坂道を登って、グングン標高を上げていく。
12:27

高尾山の上に到着。眼下には雄物川の蛇行が一望できる、素晴らしい景観が広がる。頑張って登ってきた人へのご褒美だ。
12:35

山頂の直下には公営の「高尾山荘」がある。
12:50

国道341号を更に進む。登りに比べていくぶん緩やかだが、カーブの多い下り基調の道を降りていく。途中にはすれ違いのために広くなった箇所がいくつかある。
12:53

道は途中で雄和町から岩城町に入る。町境は河辺郡と由利郡の群境にもなっている。


※合併により、雄和町→秋田市、岩城町→由利本荘市になった。
12:59

下り坂をさらに進んでいくと、左側にため池のような大きな沼が現れる。地図を見ると、名前を「鷺沼」というらしい。
13:01

「鷺沼」を過ぎて、そのまま川に沿って進んでいくと・・・・。
13:10

滝になって落ちているところがある。「不動の滝」という。
13:13

滝は、落差約25m、幅10mあまりもあり、見事な柱状節理をなす、玄武岩に白布を垂れるように落ちる様は壮観です。
昔、赤田の是山和尚がここで修業したと伝えられています。
13:19

不動の滝から、平地まで降りてきた。
振り返って、高尾山の方角を写す。
13:20

交差点にあった道路標識。
向かって右から左へ走っているのだ。
そのまま国道341号を直進して、亀田へ向かう。
13:27

途中、『温泉前』というバス停の名前が気になり、立ち止まる。
13:27

オレンジ色の屋根がそれらしいが、既に枯渇したのか、営業している様子はなかった。少し古いロードマップを見ると「白狐の湯」という表記があった。
13:36

道はやがて、亀田の町中へ入っていく。
亀田は岩城亀田藩2万石の城下町。
13:37

岩城氏は常陸から秋田へ転封された佐竹氏と同様、関ヶ原の戦いで西軍に与したとされ、所領を没収されました。元和9年(1623)11月に岩城吉隆が長野信州の川中島から転封になって入部、岩城亀田藩の初代藩主となり、明治4年(1871)までの248年間、領内を治めていました。
13:42

「羽後亀田」は松本清張の小説『砂の器』に舞台として登場する。
この写真にある屋敷群は、すべて最近に整備されたもの。
13:45

伝説の「天鷺城」・・・亀田城大手門を復元した天鷺村の城門をくぐると、村内には武家屋敷をはじめ士農工商の家屋が立ち並び、伝統を伝える品々を常設展示している資料館や歴史館があり、一気に江戸時代にタイムスリップ。そして村のシンボル「天鷺城」の高さ22メートルの天守閣から望む景観は正に絶景、歴史浪漫あふれる世界が展開します。
14:01

亀田の町では、駐在所までが武家屋敷風のつくり。
14:15

亀田から地産カントリークラブ方面へ向かうと、丘陵をくりぬいた立派なトンネルがありました。
14:26

国道7号を北上、秋田市方面へ向かいます。
14:54

羽越本線、道川駅〜下浜駅の間にある「勝手踏切」。
・・・・ハンフリーボガード風の帽子とともに、ジュリーが登場しそう(古)
15:10

そう、この線路の主は、日本海縦貫線を走る貨物列車とともに、701系交流近郊型電車なのでした。

走行距離 km
走行時間  時間 分 秒
平均速度  km/h
最高速度  km/h