2002年9月22日〜23日

乙見山 1000峠オフ Part1

いつもインターネットの掲示板やniftyで遊んでいただいている、岐阜県のナワ〜ルド@峠おやじさんが、
これまでに自転車で登った峠がいよいよ1000峠目に到達するということで、長野県小谷村から新潟県妙高高原町
までを結ぶ、狭く険しい「乙見山峠」を舞台に開催されたイベントに、遠く秋田から参加することになった。

登場人物 ナワ〜ルドさん、cancanさん、乾さん、skuramさん、oookaさん、keroさん、GAMIさん、TOSHIさん、せいのさん、
野次北さん、こまわりさん、kondoさん、クララちゃん、けったさん(宿にて合流)、Zizou〔σ(^^ )〕
i36さん御一家(笹ヶ峰にてクルマで合流、i36さん・奥さま・娘さん・娘さんの旦那さま予定者の4名)

コース

2002年9月21日(土)
秋田18:25−〔こまち28号〕−22:32東京−〔中央線快速〕−新宿23:50−〔急行アルプス・車中泊〕
2002年9月22日(日)
〔急行アルプス〕−5:08信濃大町
JR信濃大町駅〜信濃木崎駅〜木崎湖畔〜(小熊黒沢林道)〜鹿島槍高原〜青木湖畔
〜佐野坂〜神城〜白馬駅〜南小谷駅〜ローソン〜大峰峠〜小谷温泉・山田旅館〔泊〕
2002年9月23日(月)
山田旅館〜雨飾荘〜(途中よりダート)〜乙見山峠〜(ダート)〜ミレニアムの森
〜笹ヶ峰グリーンハウス〔昼食〕〜妙高国際スキー場〜杉野沢〜JR妙高高原駅
妙高高原15:35--〔信越本線〕--16:18長野17:02--〔あさま526号〕--大宮18:18
大宮18:34--〔こまち25号〕---秋田22:05

アプローチは大町市。この周辺は、私が独り旅を始めた高校1年生以来、何度も何度も足繁く通った思い出の地。
かっての定宿であった木崎湖畔のYHではヘルパーの経験もあり、せっかくなのでYH(現・白馬山麓温泉YH)の
ペアレントさんに逢ってから、集合地である南小谷駅を目指す、という計画をたてた。


2002年9月21日 23:25
この日は午前中、息子の通う幼稚園の運動会だったので、夕方に秋田駅から出発する東京行き秋田新幹線こまちに乗って出かけた。
今回は「三連休パス グリーン車用」という、\28,000円でJR東日本のグリーン車乗り放題というオトクなキップを使った。全ての行程がグリーン車利用という、少しだけrichな気分が味わえた旅であった。
新宿駅からは夜行の信濃大町行き急行アルプス。高校生の頃から馴染みの列車だが、当時の165系急行用直流車両と違い、現在はあずさ・かいじ用の189系直流特急車輌を使用している。
2002年9月22日 6:30
まだ夜が明けない大糸線 信濃大町駅に5:08到着。ココは立山黒部アルペンルート、長野県側の基点であり、北アルプス登山の基地となる場所である。駅前にはタクシーが何台も止まっていて、列車から降りた山岳パーティが何組も吸い込まれていった。これより向かうは扇沢だろうか。
先ずは自転車を組み立てる。持参したコンビニ弁当を駅の待合室で食べて、駅前を出発した。
2002年9月22日 6:52
信濃大町から国道148号線を北上し、2つ目の駅・「信濃木崎」駅に着いた。現在は無人の殺風景な駅だが、かつては駅員が常駐し、落ち着いた雰囲気の木造の駅舎に、似つかわしくないほど大きな待合室(20人ぐらいは座れた・・・かな?)を持つ駅だった。
2002年9月22日 6:53
信濃木崎の駅名板。両隣の駅は当時から無人駅だった。
1980年12月27日、高校1年の冬休み、ユースホステル新聞で見つけた木崎湖YHの餅つき大会に出るために、私はこの小駅に独りで降り立ったのだった。写真の駅名板が埋まってしまうほどの大雪が降りしきる日だった。初めて屋根の雪下ろしをしたのも、初めてスキー靴を履いたのもこのときだった。
東京へ帰る日は一層の大雪で、乗るはずだった列車が雪で運休、信濃大町から超満員の特急あずさ号に乗り込み、八王子駅まで5時間以上も立ち尽くしていたのだった・・・若かったナァ。
2002年9月22日 7:05
木崎湖畔には大町温泉(源泉は葛温泉)から引き湯した温泉がある。外来入浴の出来る施設は当時、大町温泉「薬師の湯」しか無かったのだが、今では「ゆ〜ぷる木崎湖」という、温水プールと温泉を備えた立派な施設がオープンしていた。
2002年9月22日 7:06
白馬山麓温泉ユースホステル(旧・木崎湖ユースホステル)に到着した。ペアレントの平林榮子さんに逢う心算だったが、お孫さんの運動会で前日から不在ということで、残念だけど次回の再訪まで、お元気で!。
2002年9月22日 7:10
YHの脇の道を入り、民宿街の間を抜けて、湖畔に出る手前には、このような双体道祖神が鎮座している場所がある。
男女ニ神が手を取り合い、仲睦まじい姿を表した双体道祖神は、安曇野周辺で多く見られる。
2002年9月22日 7:11
すぐ隣には大黒天がある。右手に小鎚を持ち、左手で肩に福袋を握りしめ、米俵を踏んで微笑んでいる。集落の入口に置かれた石仏には、災いを防ぎ、幸福を呼び込もうと言う古人の願いが感じられる。
2002年9月22日 7:12:18
石仏の傍には『仁科神社』がある。平安後期から戦国末期まで約600年間、この地を治めていた信州の豪族・仁科氏が築城した水城(湖水で囲んだ城)「森城」の址に建てられている。
この神社も、私が知っている頃に比べて、ずい分と小奇麗になっていた。
2002年9月22日 7:20:28
湖畔のキャンプ場の向かい、千国街道の道標脇から山のほうへ入っていく道がある。これが林道「小熊黒沢線」、通称・小熊黒沢林道である。
小熊山に遮られて木崎湖からは北アルプスを望むことが出来ないが、この林道からは眼前に鹿島槍ヶ岳を始めとする山々を望むことが出来る。
2002年9月22日 7:40:12
少し登ったところからは、木崎湖を眼下に眺望することが出来る。むか〜し私が通ったときには全線にわたってダートの砂利道で、まさに『トレッキングコース』だったが、現在では全線が舗装されている。
2002年9月22日 7:59:24
今回は乙見山峠のダートに備えて、panaracerから新発売されたブロックタイヤ"パスハンティング650A"を履いてきたのだが、これが大失敗。(+_+)
舗装路は重くて走らず全くの無駄骨、漕いでいる割には全く進まない、苦しい登りが続く・・・こんなことなら、いつものトリムラインで来れば良かった。
気分転換に自分を写真撮影。

2002年9月22日 8:52:20 高みから写した木崎湖の全景(・・・下手な仕事だ・・・)
2002年9月22日 9:11:52
パラグライダーの離陸地になっている草原(上の写真を撮影した地点)からはアップダウンを繰り返しながら、黒沢高原(サンアルピナ鹿島槍スキー場)に向けて少しずつ高度を下げてくる。
木々の間を抜ける気持ちの良い林道。(これで未舗装なら最高なんだけどナァ)
2002年9月22日 9:16:56
ようやくサンアルピナ鹿島槍スキー場を望む場所までやってきた。ここはYHを遠ざかってからも、私のホームグラウンドとして、毎年冬になると、会社の同僚と足繁く訪れていた馴染みのスキー場であった。
そういえばスキーにもココ何年か出掛けていないぞ・・・雪国に住んでいるのに。
2002年9月22日 9:20:10
小熊黒沢林道、黒沢高原側の終点に到着した。木崎湖畔を出発してから約2時間、あまりペースが上がらなかったが、いい汗をかいた。
2002年9月22日 9:29:50
かつて木崎湖YHの恒例行事として毎年GWに、この高原へ貸切バスで乗りつけてバーベキュー大会を行う「コロラドツアー」というのがあった。
いわく、初めて参加した外国人が"look like Colorado!"(コロラドのようだ!)と叫んだことから、阪大ホス研のヘルパーによって命名されたという。
2002年9月22日 9:59:46
高原からゲレンデ脇の道を中綱集落まで下り、中綱湖畔から青木湖畔と、旧・千国街道に沿ってサイクリングロードを走る。
この先には高瀬川と姫川の分水嶺・西国三十三番観音像で知られる佐野坂が控えているが、これを越えると白馬村である。
2002年9月22日 10:36:52
白馬村を中心としたエリアは、世紀の祭典・長野五輪のお陰で、昔の長閑な田舎的な風景が、すっかり払拭されてしまっている。
写真の中央部に見えるのは、白馬八方尾根スキー場のジャンプ台。(飯森の跨線橋より撮影)
2002年9月22日 10:41:34
塩の道・千国(ちくに)街道は、糸魚川から松本まで約130kmの旧道で、海側からは塩・魚、山側からは麻・たばこ・生薬・大豆などの生活必需品の流通路として歩荷(ぼっか)が牛の背に乗せて運んだ生活道路であった。
写真は白馬村・深空野(みそらの)付近にて。いかにもニューサイクリングな道のようだが、脇の砂利道にクルマのワダチ跡があるのは興ざめである。
2002年9月22日 11:13:12
白馬駅前に到着、駅舎の2階はかつて「エステル白馬」という簡易旅館があった。現在の「フォルクローロ白馬」である。
それにしても、駅の真正面に「マクドナルド」「牛丼の松屋」が鎮座しているのは、何とかならないものカナァ・・・。

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