2004年8月8日

小友峠

地形図を広げて眺めていると、まだ訪れていない峠道が幾つかあることに気づく。
なかには大型トラックの通行が非常に多くて、自転車で走るには不向きな街道もあるが、全人口
わずか120万に満たない秋田県のこと、大抵は閑かな峠道が待っているのだ。

この「小友峠」は県道49号線、大内町大小屋と本荘市北ノ股の間、笹森丘陵を越える位置にあり、
地元の生活道路として重要なルートではあるが、通るクルマもまばらな、好適な峠道である。

コース
雄和町大正寺>>萱ヶ沢>>八木山峠>>旧由利長根入口>>大内町中俣>>峠ノ沢
>>長坂トンネル>>長坂>>中田代>>新田>>小栗山>>荷坂>>岩野目沢
>>大内ファミリーランド>>小友峠>>本荘市北の股>>赤田>>岩谷>>金崎
>>中俣>>田代トンネル>>雄和町神ケ村>>新波>>
大正寺
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2004/08/08 午前 11:15:27

いつもながら休日は毎週、寝坊してしまう。
そのオカゲで、早々と自走は諦めてしまい、カーサイクリングに出掛けることにした。
今日の出発地点は県内アメダス地点に名を連ねている雄和町大正寺(ゆうわまち だいしょうじ)、かなり中途半端な時間にスタートと相成った。

2004/08/08 午前 11:35:09

雄和町から、まずは大内町をめざすのだが、今回は5万分の1地形図に名前のあった『八木山峠』という名の峠道を越えて行くことにした。

2004/08/08 午前 11:36:22

急坂と切り通しを抜けて、どうやら『峠』とおぼしき地点までやってきた。舗装路から外れて山の中に踏み跡が続いている。どうやら旧街道のルートは、さらに山中を越えていたらしい。

2004/08/08 午前 11:42:52

峠を越えると程なく舗装が途切れ、未舗装路面で下っていくと、開けた場所に出た。森に挟まれた狭い耕地に、二本の轍と田んぼが続いている。
クマが出ないことを祈りつつ、脚を進める。

2004/08/08 午前 11:47:08

亀田街道は、亀田藩二万石の殿様・岩城氏が参勤交代の際に通った脇街道で、殿様街道などとも呼ばれるが、実際参勤交代で使ったのはたった数回だったらしい。殆どは年貢米や由利海岸でつくった塩などの輸送のための生活・交易の道だった。

2004/08/08 午前 11:50:02

大内町中俣で県道9号線に出る。この道は大正寺から田代峠(トンネル)ルートとなって続いて来ており、八木山峠ルートとは、ここで合流したことになる。

2004/08/08 午前 11:58:25

峠ノ沢の分岐に建つ、継ぎ接ぎだらけの看板。

2004/08/08 午後 12:00:24

峠ノ沢の分岐。「天下の名湯 滝温泉」の看板が眩しい。ここから左へ折れて、進行方向を南に向ける。
古くからの街道でも、分かれ道として賑わっていたのだろうか、向こうの角に立つ家も、ドコか曰くありげな佇まいだ。

2004/08/08 午後 12:06:34

峠ノ沢の名の通り、かつては小さな峠で越えていたようであり、それらしい細道が草むらの中に消えていた。現在はトンネルで抜けている。扁額には「長坂トンネル」とある。

2004/08/08 午後 12:08:54

長坂トンネルの北側。地元の中学生の通学路になっているようで、白いヘルメットをかぶった女の子が自転車を走らせていた。

2004/08/08 午後 12:12:54

芋川に沿って、趣のある古い家並みが連なる長坂集落。

2004/08/08 午後 12:14:10

すぐ南側を国道が走っているので、行き交うクルマもいない。

2004/08/08 午後 12:29:03

豊かな実りを約束された田園が眼下に広がる。
「秋田新電元大内工場」の先で国道に合流する。

2004/08/08 午後 12:30:07

中田代へ向かって、国道区間を行く。クルマの往来は少ないが、スピードは高いので、大型車が通過するとサスガにコワイ。

2004/08/08 午後 12:30:22

新田の集落で、分岐が見えてきた。

2004/08/08 午後 12:31:16

分岐に立つ、妙にトホホ感の漂う警官人形。

2004/08/08 午後 12:38:16

丹塗りの鳥居が美しい、小栗山の八幡神社。

2004/08/08 午後 01:03:18

荷坂の集落を過ぎ、峠へ向かう分岐が見えてきた。
「北ノ股」というのは、峠を越えた向こう側の集落名だ。

2004/08/08 午後 01:29:13

登りはじめてしばらく行くと、由緒ありそうな大木が見えてきた。ここ岩野目沢に昔からあって、往来をゆく旅人を見守っていたのだろうか。
このあたりの道路は幅が広く、走りやすそうな印象を受けたが、間もなく行き違いも困難なほど車線が狭くなり、急勾配の連続区間となる。

2004/08/08 午後 01:57:17

急勾配の途中、やや景色の開けた場所に町営の施設がある。「大内町有機センター」とあるが、人の気配はなかった。

2004/08/08 午後 02:07:39

「有機センター」の向かいには、町営の牧場があった。

その先には「大内ファミリーランド」という、大小屋キャンプ場やバンガローを併設した町営のレジャー施設があったが、利用者は皆無だった。

2004/08/08 午後 02:26:21

「大内ファミリーランド」を過ぎると、いよいよ「小友峠」にさしかかる。
ガードレールの崩れた区間もあり、車の通行には注意が必要か。

2004/08/08 午後 02:26:41

コチラの写真では、より「九十九折り」がおわかりいただけるだろう。

2004/08/08 午後 02:30:44

BROOKSの革サドルの向こうには、いかにも峠に来ました、と言わんばかりのタイトな九十九折りがつながる。

2004/08/08 午後 02:31:54

九十九折りを過ぎ、そろそろ頂上が近づいてきた。

2004/08/08 午後 02:38:04

小友峠の頂上付近

2004/08/08 午後 02:38:09

小友峠の頂上付近

2004/08/08 午後 02:39:59

小友峠から、本荘市方面を望む。

2004/08/08 午後 02:57:32

ダウンヒルを一気に下り、本荘市北の股集落。
こんな細い道が、大内町へ続いている「県道」なのか。

2004/08/08 午後 03:17:09

北の股からショートカットを狙い、小さな峠を1つ越えて、「赤田の大仏」で有名な、本荘市赤田集落を目指す。この峠が意外に手強くて、疲れの出てきた足にこたえた。

この先しばらく、写真を撮っている精神的な余裕がなかった。

2004/08/08 午後 05:08:00

大内町から雄和町へ戻る。写真は田代トンネル。

2004/08/08 午後 05:19:19

やっとの思いで、新波(あらわ)の看板が見えてきた。

2004/08/08 午後 05:21:52

デポ地の大正寺に戻ってくると、もう日が傾いていた。

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