2005年 7月 3日

秋田市内ポタリング-1

イイお天気に誘われて、秋田市内をミニベロでポタリング(自転車によるお散歩)へ出掛けました。



2005/07/03 午後 02:25:30

かつて秋田藩主が参勤交代で通行した「羽州街道」は、ほぼ現在の国道13号に沿って北上しているが、仁井田二ツ屋付近で国道から離れる。

左の写真では、向かって左が国道13号、日本酒の看板をはさんで右が羽州街道となる。

2005/07/03 午後 02:29:20

羽州街道を進んでいくと、ほどなく猿田川にかかる橋を渡る。昔は猿田川が秋田郡と河辺郡の郡界になっていた。橋の名前は「お茶屋橋」、旧藩時代の藩主が参勤交代のとき、この橋の茶店でお茶を飲み交わし、送る人、送られる人が別れを惜しんだことから命名されたと伝えられる。

2005/07/03 午後 02:32:35

さらに進むとJR羽越本線の踏切を渡る。踏切の名前がそのものズバリ「羽州街道踏切」と読める。

2005/07/03 午後 02:34:58

踏切にさしかかる羽越本線の秋田行き下り普通列車。後方の橋は国道13号の牛島跨線橋、その後背地には秋田を出て最初の駅・羽後牛島駅がある。

2005/07/03 午後 02:35:26

踏切から羽後牛島駅構内を望む。一面二線の単純な造りだが、かつては構内側線に沢山の貨車が溢れ、工場からの引き込み線が続いていた。往時の面影を示すように、現在も広い構内と長い地下道を持つが、側線は取り払われて利用されていない。

2005/07/03 午後 02:36:02

踏切を渡った直後、右手にある旧家。木製の看板には「麹屋」の文字が見える。まだまだ現役でご商売をされているようである。

2005/07/03 午後 02:37:53

古い空き店舗は、商店街の事務所として使われているらしい。外壁の鉄板は錆びているが、二階の窓枠や突き出した街灯の意匠に、大正時代の匂いが残る。

2005/07/03 午後 02:38:16

こちらも、現在は廃業したと思しき商店。手前のガラス越しに見えるのは、かき氷の製造機械であろうか。氷を削る音とともに、子供たちの歓声が響いていた往時に思いを馳せる。

2005/07/03 午後 02:38:52

三皇熊野神社の里宮(旧・熊野神社)。佐竹氏の久保田城より南西の裏鬼門の方角にあたる。江戸期の古地図には一里塚が描かれているが、現存していない。

2005/07/03 午後 02:39:59

商店街を抜け、太平川へさしかかる手前にゲートが聳える。
かなりシャッター通りだけど。

2005/07/03 午後 02:40:24

太平川にかかる橋を渡る。
この桜並木は、皇太子(浩宮)の誕生を祝して植えられたものだという。

2005/07/03 午後 02:42:18

橋の名前は何のヒネリもない「太平川橋」。

2005/07/03 午後 02:43:50

橋のたもとにあるのは提灯屋。竿燈を控えたこの時期は、てんてこ舞いの様子。

2005/07/03 午後 02:45:33

橋を渡って郵便局の角を曲がると、牛島橋の交差点がある。市内中心部は右方となるが、今日は直進。

2005/07/03 午後 02:46:36

古い土蔵と、新しい外国車の取り合わせという妙。

2005/07/03 午後 02:47:15

旧楢山牛島橋通町
寛永六年(1629)弘願院前町、同十六年(1639)七軒町として町割りされた侍屋敷町であった。明治末にこの両町が合併して楢山牛島橋通町となった。

2005/07/03 午後 02:48:41

由緒ありげな石仏が立つ弘願院。由緒ある寺院。

2005/07/03 午後 02:49:46

二月神社
向かいの路地に座っていた、近くに住む老人に聞いた話では・・・むかし「二月神社」と書かれた御札が風に舞って飛んできたので当地に奉納した。その後に大火があり、近隣周辺の家屋は焼失したが、不思議と当地でピタリと火の手が収まり、類焼を免れたという。それ以来、火伏せの神として大切に祀られているという。
かつては、もっと大きな社殿があったそうだが、現在はこじんまりと住宅街の中に同化している。

2005/07/03 午後 02:54:24

ぽっかりと空いた青い空 「玄心寺」と読める。

2005/07/03 午後 02:55:36

突然に笛と鉦の音が聞こえたかと思うと、横の路地から突然に船が現れた。
聞けば近くにある「鹿嶋神社」の例祭だという。楢山登町。

2005/07/03 午後 02:57:21

こちらが御神燈の灯る「鹿嶋神社」。
「倉稲魂神碑(1基)」が市の有形民俗文化財に指定されている。

2005/07/03 午後 02:59:03

スグ近くには、東部ガスのガスタンクが見える。

2005/07/03 午後 02:59:40

鹿嶋船の先頭部。 錨を掲げる男人形が見える。

2005/07/03 午後 03:00:00

鹿嶋船が軒をかすめて曲がっていく。

2005/07/03 午後 03:01:17

鬼面を着け、白装束を着た男が家々を回る。

2005/07/03 午後 03:09:36

変わって旭南 刈穂橋の上から川反方面を望む。
旭川にかかる刈穂橋の一帯は船着き場として、雄物川を通って雄和や仙北地方からも人や物がたくさん集まっていた。運輸の中心となったこの町では旅籠が繁盛し、1970年代までは数軒の旅館がその名残をとどめていたそうである。

2005/07/03 午後 03:11:52

旭南は現役で使われている旧家が軒を連ねる。

2005/07/03 午後 03:12:14

秋田の方にはおなじみのCM「ぽっちゃりふわふわ、ハクスンドウのあねっこ餅」で知られる“博進堂 [ハクシンドウ_]”