秋田の冬風景


雪をかぶった横手城 横手市
「雪をかぶった横手城」

横手城跡は、現在横手公園として、二の丸跡に三層の天守閣様式の展望台が立ち、内部は郷土資料館となっています。ここからは、横手盆地が一望のもとに眺められ、とくに秋田富士・鳥海山の姿はすばらしく、米を治めたものが天下を治めた県南武将の血みどろの抗争の地の観を深くします。城址南東の一角に“宇都宮釣天井”で知られる本多上野介正純の墓碑があり、北側には平和観音像、さらにバラ園などがあり、名城の名残を引きつがせています。
刈和野の大綱引き 西仙北町
「刈和野の大綱引き」(2月10日)

雄綱、雌綱とも、その周囲、約2.2メートル。雄綱、約64メートル。雌綱、約50メートル。重さ、各々約10トン。この大綱が厳寒の2月10日の夜、古式にのっとって結ばれ数千人による引き合いが始まります。 この大綱引きは500年以上も前から続いているもので、上町と下町に分かれ大町通りで行われます。 昔は勝った方が市場を開いたことから、その市の日をつけて、二日町を上町、五日町を下町と呼んでいます。 現在は上町が勝てば米の値段が上がり、下町が勝てば豊作と言い伝えられています。
かまくら 横手市
「かまくら」(2月15〜16日)

秋田を代表する冬の風物詩、水神様を祭った雪室の中から、子どもたちの「入ってたんせ」の声が愛らしく響きます。冬の闇夜に、火の灯った「かまくら」が連なる様はまさに幻想的であります。かまくらは400年以上の歴史をもつ小正月行事で、2月15日〜2月16日に行われ、雪深い東北、横手の素朴な子供達の情景はメルヘンの世界へ誘い込んでくれます。
火振りかまくら 角館町
「火振りかまくら」(2月14日)

「かまくら」は高さ1.5mぐらいのカマドを雪で作り、薪(たきぎ)を入れて燃やします。 また高さ5mぐらいの長い木に稲わらなどを巻き付けて雪に立てます。これを角館では天筆(てんぴつ)といいます。この天筆に火をつけて正月の門松やしめ飾りを焼き、良い新年を祈願する行事です。
紙風船あげ 西木村
「紙風船あげ」(2月10日)

伝説では江戸時代の化学者である平賀源内が、銅山の技術指導に秋田を 訪れた際に、熱気球の原理を応用した遊びとして伝えたと言われています。 以前は五穀豊穣や家内安全を願う「虫焼き」と同時に行われ、民俗信仰の遺産と位置づけられています。この虫焼きとは,田圃(たんぼ)に稲わらを積み、火をつける もので、どんと焼き、天筆とも呼ばれていました。
犬っこまつり 湯沢市
「犬っこまつり」(2月第2土・日曜日)

犬っこまつりは、元和(1615〜1623).の昔より約四百年以前もの長い間続いている秋田県南部地方一円にあった民俗行事です。その頃、「白討(はくとう)」という大盗賊が、白昼堂々と人家を襲うので、住民はみんな困っていました。そこで、湯沢の殿様がこれら一味を退治し、再び現れないようにと米の粉で小さな犬っこ、鶴、亀、鯛、銚子、盃などを作り、旧正月の晩に家や土蔵の入口や窓に餅と共に供えて盗難よけの「まじない」として一年の無事を祈ったというのが始まりとされています。今は、湯沢駅から商店街を通り湯沢北高等学校まで、延々数キロに及び道路の両側に小さなお堂っこが並び、夕暮れになると、町内の広場や市役所前の中央公園に作られた雪のお堂っこにローソクが灯りメルヘンの世界へと誘います。
竹打ち 六郷町
「六郷のかまくら(竹打ち)」
(2月11日〜15日)

勇壮な竹打ちをピークとする5日間も続く一連の行事です。11日は蔵開きと天筆の書き初めが家々で行われ、翌12日に青竹の先につけて戸外に立てます。数百本の天筆が風になびくさまは壮観そのもの。紙の長さは3〜5mで、子供の数だけ作ります。この天筆は子供の吉書であり、書き初めですが、15日の夜、諏訪神社のかまくら畑にもっていき、正月の門松やしめ飾りと一緒に焼きます。そして15日の夜7時頃になると木貝の音とともに全町の若い衆が青竹の長い束をかついでかまくら畑に集まってきます。そこで六郷名物の「竹打ち」が町を二分して行われ、松ニオの火が夜空に燃えあがり、三千本もの竹が打ち交わされるのです。この竹打ちで北軍が勝てば豊作、南軍が勝てば米の値段が上がるといわれています。
七曲峠の花嫁道中 羽後町
「ゆきとぴあ七曲(七曲峠の花嫁道中)」
(1月最終土曜日)

「ゆきとぴあ七曲」は1986年冬、“雪国を楽園に”を合言葉に始まったニューイベント。中でも見物は、昭和初期まで見られた婚礼を再現する「花嫁道中」。西馬音内から田代地区までの約12キロを4時間半かけて行進する。道中の主役は町内より公募で選ばれた年内に挙式予定のカップル。羽織袴(はかま)、打ち掛けで盛装した2人と仲人役を乗せた馬そりは、嫁入り道具を引く「長持ち担ぎ」らお供の20人の後をゆっくりと進行。先導車のスピーカーからは秋田長持唄が流れ、沿道に出た住民が拍手で見送る。ハイライトは、日没後に通過する七曲峠。約4キロの峠道は、両側の雪壁に立てられた7000本のろうそくでほんのり浮かび上がり、一行は幻想的な雰囲気が漂うつづら折りを上る。
なまはげ 男鹿市 真山(しんざん)神社
「なまはげ柴灯まつり」(2月第2金・土・日)

なまはげは、大晦日の夜、男鹿半島全域の約60地区において行われる伝統的な民俗行事です。恐ろしい形相の鬼が、ケラミノやハバキをつけ、素足にわらぐつをはき、大きな出刃包丁を携えて忽然とやってきます。「ウォー、ウォー、泣ぐ子はいねがぁ」と奇声を上げながら集落の各家々を巡り、なまけ者や、ぐずる子供を戒めます。「なまはげにつれでいがれるぞ」と、悪事に訓戒を与え、災禍を祓い、祝福を与えて去る「なまはげ」は、ナモミハギの訛ったもので、冬の間、火にばかりあたっているなまけ者の脛にできる火形(ナモミ)をはぎ取るということから、怠け者を罰する意味があると言われ、昭和53年、国の重要無形民俗文化財に指定されました。男鹿の真山神社では昭和39年(1964)から、神事「柴灯祭」と民俗行事「なまはげ」が一つとなって行われるおまつり「なまはげ柴灯(せど)まつり」が行われています。
森吉町「森吉山の樹氷」
「樹氷」と言えば山形県の蔵王が有名ですが、蔵王だけのものではありません。秋田県中央部にそびえる森吉山(標高1,454m)では、森吉山阿仁スキー場のゴンドラを利用することにより、気軽に樹氷を鑑賞することができます。阿仁スキー場ゴンドラ山頂駅舎からは、樹氷平まで徒歩5分、散策コースは圧雪されているほか、駅舎で避寒できるので子供や高齢の方などでも安心です。見頃は、樹氷が成長し、天候も安定してくる2月下旬から3月中旬頃です。樹氷とは、空気中の水蒸気が低い気温のためこまかな氷の粒となり、それが強い風で、アオモリトドマツの枝に吹きつけられ、だんだんと成長して、文字通り、氷の樹となっていったものです。風に逆らって枝がのびていくのが特徴で、その形のすばらしさは、まさに自然の芸術作品というべきものです。
大日堂舞楽 鹿角市
「大日堂舞楽」(1月2日)

今からおよそ1300年前から大日霊貴神社(おおひるめむちじんじゃ=通称:大日堂)に伝わる古典舞楽で、昭和51年に国の重要無形民俗文化財に指定されています。奈良時代の養老年間、元正天皇の勅願により、大日神社再興のため、都より遣わされた名僧行基と共に下向した楽人により舞われたのが、大日堂舞楽の起源と云われています。現在は昭和27年に文部省の無形文化財指定を契機に結成した大日堂舞楽保存会を中心に伝承保持に努めています。大日堂舞楽は、わが国に現存する舞楽の中でも最も古い形が伝えられ、他に類を見ないものであると高く評価されています。 
掛魚まつり 象潟町
「掛魚(かけよ)まつり」(2月4日)

別名「たらまつり」とも呼ばれている、300年以上前から続くとされる金浦町の伝統行事。20キロ近くもある大きな寒だらが金浦山神社の神前に供えられ、海上安全、大漁祈願を込めての奉納が行われる。
県南部漁協前には、各船主らが持ち寄った10本のタラが、荒縄につるされて並ぶ。大きいもので重さ15キロ、全長70センチほど。2人で1本ずつ担ぎ、午前10時に漁協を出発。金浦神楽を先頭にした奉納行列は、金浦山神社までの約1キロを30分かけて練り歩く。

ぼんでん 横手市 旭岡山神社
「ぼんでん」(2月17日)

「ぼんでん」というのは、幣束のことで、神への祈願をこめて奉納する行事として行われ、250年以上の歴史があります。横手のぼんでんの特徴は、他に例を見ないほど大型であること、豪華絢爛な頭飾りにあります。ぼんでんは5メートル位の細長い丸太の先に円筒形の竹かごをとりつけ、それに色彩あざやかな布や麻糸などをたらし、しめ縄、ご幣をさげ、頭の上には意匠をこらした武者人形や干支などの飾物をつけ、その豪華さは他に類を見ません。ぼんでん奉納は五穀豊穣、町内安全、商売繁盛などさまざまな願いが込められ、先陣を競って神殿で押し合う様子は壮観です。
川を渡るぼんでん 大曲市 花館 伊豆山神社
「川を渡るぼんでん」(2月17日)

嘉永(1845〜53)の頃、花館村の肝煎であった斎藤勘左衛門によって始められたと伝えられています。近隣の農民が五穀豊穣・家内安全などを祈願する行事ですが、一説には幕末の世相の中、怠惰な生活に陥りがちだった若者達への活性剤としての目的をもって始められたとも言われています。花館地区の各町内から集まった十数本の色とりどりのぼんでんは、ほら貝の音も高らかにぼんでん唄を歌いながら町内の新築した家や厄年の家々を廻る。一の鳥居前でもみ合いした後、川舟で雄物川を渡り標高210mの伊豆山神社に奉納されます。
県内に数あるぼんでん奉納行事のなかでもこうして「川を渡る」のは大曲だけで、雪山をバックに川舟で雄物川を渡るぼんでんの姿は、一面の銀世界と川面に映るぼんでんの色彩によって絶妙のコントラストを醸し出し見るものを幻想的な気分にさせます。
角館の武家屋敷 角館町
「武家屋敷(青柳家)」

「みちのくの小京都」として、年間を通じて多くの観光客を集める角館は、三方を小高い山々に囲まれ、町中を桧木内川が南流する静かな城下町です。 現在の町の原形は、いまから380年ほど前、この地方を領していた芦名義勝によって造られ、その後は佐竹北家の城下町として発展しました。佐竹北家は京都の公家と姻戚関係にあったため、京文化も色濃く伝えられ、角館は城下町・宿場町として仙北地方の政治・経済・文化の中心地として栄えました。ちなみに佐竹北家の第21代当主、佐竹敬久(のりひさ)氏は、現職の秋田市長です。
青柳家はもともと芦名家に仕え、芦名家断絶後は佐竹北家に仕えた家柄で、大正年間には九十町歩を超える大地主でした。寄棟萱葺屋根の母屋・武器倉・井戸・米倉・文庫倉などが点在する広い敷地が特徴です。
鶴の湯 田沢湖町
「乳頭温泉郷 鶴の湯」

乳頭温泉郷は、秋田県田沢湖高原の奥深く乳頭山麓に点在する温泉郷で、鶴の湯温泉はその中で一番歴史のある温泉です。久保田城 二代目藩主佐竹義隆(さたけよしたか)公もここで湯治したと言い伝えられています。ここでは4つの異なる泉質を楽しむことができます。テレビや雑誌でよく紹介されるのが、乳白色の混浴露天風呂です。
泉温は58〜59度で、温泉は白湯、黒湯、中の湯、滝の湯(夏期のみ)、女性用露天風呂2、混浴露天風呂1、内風呂1の8つの浴場があります。

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